日本テレビのあるのが汐留シオサイト
2004年(平成16年)にオープンしてからは、お台場と並ぶ東京のベイエリアを代表する観光スポットです。

この汐留シオサイト、よく言われる「東京ドーム何個分」という表現を借りれば、ここは東京ドーム約7個分。
そこに、オフィスビル、ホテル、劇場などが建ち並ぶのですが、この銀座の隣町ともいえる場所が、10年近くも空き地だったことをご存知ですか。

 

鉄道発祥の地が、いつの間にかバブルの遺産へ

この場所は、歴史の教科書にも載っている日本の鉄道発祥の地
1872年(明治5年)、ここから新横浜までの鉄道が開通しました。

建物はモダンな西洋建築で、まさに文明開化を代表する場所だったようですが、1914年(大正3年)に東京駅が建設されると、この新橋停車場はその役目を終え、貨物専用の汐留駅となります。

以降、関東大震災や第二次大戦の空襲などに見舞われながらも生き続けた汐留駅。
ですが、その汐留駅も終焉を迎えることとなります。

1986年(昭和61年)、物流の主役がトラックなどへと移り、巨大な赤字を抱えた国鉄が解体することとなるり、汐留駅もその姿を消すこととなります。

そして、ここ地の開発が開始されるのが1995年(平成7年)から。

つまり、約9年間もこの場所jは空き地のままだったわけですが(その間、遺跡の採掘がおこなわれていました)、銀座の隣というとんでもない立地にも関われら開発が進まなかったというのは、ひとえにバブル崩壊のせい。
日本の失われた10年(20年)を体現している土地が汐留なのです。

 

日本テレビといえば麹町

その汐留が一躍有名になったのは、やはり日本テレビが移転してきたのが大きいのではないでしょうか。

日本テレビは、在京キー局としては唯一『場所』を売りにしていたテレビ局。
今でこそ、フジテレビもテレビ朝日も社屋の場所を前面に押し出していますが、昭和のころ、地方の人が在京キー局の住所を知っていたのは日本テレビだけ。

1979年に放送開始された『ズームイン!!朝!』で、毎朝徳光和夫アナ(当時)が、「麹町のマイスタ(マイスタジオ)からお送りします」といい続けて24年。
日本中の人に、「日本テレビは麹町にある」ということが、常識として刷り込まれて行きました。

そんな日本テレビが移転するのですから、移転先の地名が話題に上らないはずはありません。

また、海を挟んだ向かいのお台場にフジテレビがあったのも、地名に注目が集まった要因のひとつでしょうね。

 

マイペース汐留

そんな汐留ですが、最近はあまり新たな開発計画が聞こえてきません。

お隣の築地が、中央卸売市場の移転により再開発が話題となり、駅を挟んだ虎の門が、虎ノ門ヒルズの開業で賑わっていてるというのに、汐留はいたって静か。

でも、もともと苦難の道を歩んできた土地ですから、あまり気にせずマイペースで発展して行きそうですね。

そうそう、開発計画といえば一つだけこんな話が。
汐留から、お台場の上を通って豊洲とをロープウェイでつなごうなどという、ものすごい計画があるらしいですよ。

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